トップに
戻る

ウォーキング随筆紀行高野山町石道「夏至の頃・梅雨の晴れ間に」

夏至の頃 梅雨の晴れ間に

夏至の頃 梅雨の晴れ間に

夏至(六月二十一日頃)

一年中で一番昼が長い時期であり、日本の大部分は梅雨の頃となります。花菖蒲や紫陽花などの雨の似合う花が咲く季節
イメージ1

梅雨の長雨にたたられて、各地で土砂崩れのニュースが報じられていました。

この土曜日も雨。天気予報で知らされてはいるものの、山歩きをできないのが残念です。明日はたとえ晴れても道の状態が悪く、歩くには困難であろうから、今週は取りやめにしようと決心しました。

しかし、陽の光を見ると足がうずきます。雲間から光がこぼれ、青空が見えるとじっとしていられないのです。

こんな時には、こんな時特有の写真が撮れるだろうと自分勝手な理由を付けて家を出ました。さすがに町石道の全行程を歩く気は起こらず、矢立から大門まで、つまり最後の三分の一のコースを歩くことにしました。

イメージ2

南海高野線の紀伊細川駅で下車し、矢立に向かいます。じつは、駅から矢立に至る細川の道は私のお気に入りのハイキングコースになっているのです。道に沿って川が流れ、季節の草花が味わえます。何度も通りましたが、いつも里山の風景が私の目を楽しませてくれるのです。

夏至のこの頃、この道で目を引くのはナンテン(南天)の花です。

「なんてん」の音が「難転」(難を転ずる)に通じるとして古くから縁起物とされてきました。ナンテンの木で作った箸は、不老長寿の箸として珍重されるのです。赤い実の成る枝を正月に向けて出荷すべく、この地域の特産として栽培されており、それが今、一斉に花を付けているのです。

それにコウヤマキ(高野槙)の木もたくさん植えられていて、新芽が輪郭を浮き上がらせていました。さらに山の手はよく手入れされた杉の植林となっており、細長い二等辺三角形がコウヤマキとは色合いをかえて林立しています。

イメージ3

道端にある石垣や土手にはユキノシタが密集して咲いていました。それに混じってホタルブクロやヒメジョオン、ドクダミなどが彩りを添えています。

なだらかな上り坂を景色に引かれながら進むうちに汗がしたたり落ちてきます。

夏はネムの木がピンク色の花をつけ、秋には田圃のあぜ道にヒガンバナが赤い筋を描き、冬になると辺りを白く染めた雪景色が素敵です。四季折々の景色に味わいがあります。

イメージ4

四十分ほどで町石道との合流点にたどり着きます。

高野山では週のはじめから大量の雨が降り、山はたっぷりと水分を含んでいました。木々の葉や草花もしっとりとした緑色に包まれて、その色合いを深めていました。

雨が降れば山の道はそのまま水の通り道に変わります。それが大雨のときは川となり、急斜面では土砂が流され、石ころが転がり落ちます。

五十八町石から五十七町石に至る間の道には、階段状に横杭を入れ、人為的に砂利を敷いています。そこが雨水でえぐり取られ、中から水道管がむき出しになっていました。

しかし、もっとすさまじい状況が待ち受けていました。

五十五町石を過ぎ、左に大きくカーブする地点に来て、思わず足がすくみました。土砂に混じって丸太が入り乱れて道を遮っていたのです。一瞬引き返そうかと思ったのですが、山の際を通れば何とかなりそうです。ぬかるみに足を取られないように渡りきって、改めて上方を見上げると、その凄まじさの原因が分かりました。

杉林には間引いた木がそのまま放置されています。それらが大雨に流され、谷間に集められて濁流となり、道に押し出されて来たのでした。

イメージ5

そんな状況とは一転して、道端に咲く花々は爽やかさを届けてくれます。 梅雨の晴れ間、全体が湿っぽい道に時折差し込む陽の光が町石道に明るさを取り戻してくれていました。

ぬかるみに気をつけながら、辺りを見回していると、ササユリ(笹百合)が二輪寄り添って咲いているのを見つけました。

その形といい、色合い、香りともに気品ある姿で辺りを明るく照らしていました。

洋の東西を問わず、ユリは美しさのシンボルとして、また神聖な花として扱われてきました。西洋では、古くギリシャ神話やローマ神話にも語られ、希望の象徴として、また、王位継承者のしるしとなりました。日本においても、大和の三輪山を御神体とする三輪神社では古くから山ユリの花を神に捧げますし、率川(いさかわ)神社では毎年六月十七日には三枝祭(さいくさのまつり)が古式ゆかしく執り行われます。

三枝の名はササユリが最初の年は一つ、二年めには二つ、そして三年めからは毎年、三花を咲かせることに由来しており、三枝は幸種(さいぐさ)でもあり、幸福をもたらすものといわれているのです。

山道にあって、人は皆、ササユリの美しさに心惹かれます。ただ、その美しさを自分のものにしたくて摘み取ろうとする人もあるようです。ところがササユリはしなやかで切り取りにくく、根こそぎ引っこ抜く事になるのです。

乱獲のせいか、その姿が年とともに少なくなっていると聞きます。この日も全部で十輪くらいしか見つけることができませんでした。是非ともササユリが群れ咲く町石道であってほしいと願っています。

二輪のササユリを何枚も写真に撮って十数本に増やしました。

イメージ6

思いがけない花にも出会います。カラスウリ(烏瓜)の花が道端に咲いていました。

書物によれば、カラスウリはレースのような花を夜中に咲かせる、となっています。その写真を撮りたいと思いながらも、夜中に町石道を訪れる事に気後れし、いつか友人でも誘って来ようと計画していたところでした。

そんなこともあって、この花がカラスウリの花であることはすぐに分かったのですが、こんな昼間に見かけることが意外でした。きっと永い雨で陽がささなかったこともあり、雨に打たれてツルが道際にたたきつけられたものと思われます。

三つ、四つ連なって咲いていました。これで真夜中に町石道に来なくともいいかな、と思いながら楽しくシャッターを切りました。

秋になると、この辺りで褐色に熟れたカラスウリの実を写真に撮れることでしょう。

イメージ7

二十八町石にさしかかったとき、白く清楚な花に気が付きました。正面から見ると梅の花に似ており、かすかに良い香りがしました。マタタビの花です。

おもしろいことに、葉っぱの表面がペンキで塗ったように白くなっていて、手でこすってみても色は落ちませんでした。花が終わると元に戻るそうです。

秋には長楕円形の実が黄色く熟すとか、また楽しみが一つ増えました。

二十八町石から二十七町石にいたる間は私にとって、お気に入りのスポットになっています。途中、「鏡石」と呼ばれる平らな石があったり、杉の大木の向こうに紀伊山地の連なりが望めたりして、思わず立ち止まりたくなるような地点です。

二十七町石手前にはイロハモミジの木が道に被さり、密集した若葉が風に揺れていました。新緑の色合いが心にとどきます。

イメージ8

この二十七町石付近は雨が降ると土砂の通り道となっており、この日も道が大きくえぐり取られていました。町石は防御用の板で護られていますが、左半分が倒壊していました。町石そのものには影響を受けていなかったのがせめてもの幸いです。

そんな荒れた状態の近くに咲いていたササユリが印象的でした。

イメージ9

そして、梅雨の頃の代表的な花としてはアジサイ(紫陽花)があります。

山には野生化したヤマアジサイが咲いており、薄紫の花びらを林や町石に合わせて写し込むと、しっとりした雰囲気の中にも季節感が漂って味わいのあるものとなります。

特に雨上がりの今日、うるおいのある花びらが周りの景色に簡素な彩りを添えていました。

大門に近づくにつれ、このヤマアジサイがかなり多くなってきます。特に十町石付近にはたくさん咲いていました。そんな風景を角度を変えて何枚も写真に収めました。

大門にたどり着くと、六町石、七町石あたりでアジサイ(紫陽花)がふっくらした蕾をたくさんつけていました。七町石なんかはアジサイに埋もれてしまい、頭を少し出しているだけです。その丸い頭がまるでアジサイの花そのもののように見え、おかしく感じられました。

来週くらいがピークでしょう。

帰宅後、とんだハプニングが待ち受けていました。

山歩きから帰ってシャワーを浴び、下着に着替えているとき、左足の膝あたりに違和感があり、触ってみると皮膚がめくれたようになっていました。別に痛みも感じないので、しばらく放っておけば治るだろうと判断し、意識からも外れて五日が経ちました。

その日も風呂あがりに着替えた後テレビを見ていました。手を膝に触れたとき、異物にふれた感触があり、先日のことを思い出しました。

もう良かろうと思い、息を詰めて引き剥がしました。それで手に残ったものをちり紙に包んで捨てようとしたのですが、それがかすかに動いているように感じられたのです。

よく見ると、何本かの足のようなものが盛んにうごめいているではありませんか。なんと「ヤマダニ」が私の足に食らいつき、私から栄養分を吸い取って五日間も生き延びていたのです。

そのことを妻に話すと、鳥肌を立てて驚いていました。

振り返ってみると、写真を撮るのに草地に足を踏み入れたとき、何かの拍子に付いたものと思われます。それにしても、その位置を変えることもなく五日間もの間、ひたすら私にこびりついて生き延びた根性はたいしたものだと妙な感心をしてしまいました。 土砂崩れやヤマダニと、とんだハプニングに見舞われながらもやはり来てよかったという想いが先に立ちます。

もうすぐ週末。今度は私の体の中で山歩きの虫がうずいています。

これから夏に向かうにつけ、汗かきの私には苦しさを伴いますが、ダイエット効果も含めながら心弾ませて山道を歩きたいと思っています。

四季の高野山町石道の動画を見る

笹田義美氏

笹田義美先生のプロフィール

  • 和歌山県に生まれる。
  • 和歌山大学教育学部卒業後、和歌山県立箕島高校、伊都高校、橋本高校の教諭に就く。
  • 和歌山県教育委員会学校教育課の指導主事に着任。
  • 和歌山県立橋本高校、紀北工業高校の教頭職に就く。
  • 「紀の川散歩道」を発刊
  • 和歌山県教育研修センター副所長に就く。
  • 伊都地方教育事務所長に就く。
  • 「四季の高野山町石道」を発刊。
  • 和歌山県立紀の川高校の校長に就く。
  • 和歌山県立紀の川高校の校長退職。
  • 現在に至る。

販売のご案内

世界遺産登録への道「四季の高野山町石道」
世界遺産登録への道「四季の高野山町石道」
著者
笹田 義美
定価
2,800円(税込)
お問い合わせ
TEL. 073-435-5651