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読む 飛鳥遊歩道 第六話・石舞台古墳

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第六話・石舞台古墳

飛鳥遊歩道-6

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石舞台は、この名で全国的に親しまれていますが、地元の人達は「石太屋(いしふとや)」と呼んでいました。古墳でありながら石舞台と呼ばれているのは、昔、天井石を舞台にして月の夜、狐が美女に化けて舞を見せたという伝説から名づけられたといいますから、何と粋な名を付けたものでしょうか。石舞台は、古墳時代後期の蘇我馬子(そがのうまこ)の墓と伝えられていますが、その根拠はというと、蘇我馬子がこの地をもともと所有しており、庭園もここにあったというところからきています。

さてさて、何という大きさ、この石室は、大小30個の花崗岩を積み上げて築かれた横穴式で、封土(もりつち)がなくなったものです。石の総重量は、約140トンと推測されています。今は石がむき出しですが、実際は土に覆われた方形古墳で、東西55メートル、南北52メートルあったといわれています。

玄室(げんしつ)にも楽々立って入れます。お墓でありながら何かワクワクします。不思議な気分です。玄室の長さは約7.6メートル、幅約3.5メートル、高さ約4.8メートルです。この天井の模様、子どものお顔のように見えました。もりつちが無くなっている墓?大化の改新で失脚した蘇我氏の墓であったため懲罰とする説もあり、歴史への興味は無限に広がりました。この石舞台は、日本建国初期のドラマを今に伝える史跡です。

次回は、岡寺までの道を紹介します。