大寒の頃 赤い椿と白い雪
大寒(一月二十日頃)
万物を凍らせるという厳寒となるので大寒といい、一年で一番寒さの厳しい頃。逆の見方をすれば、これから暖かくなるということであり、春はもう目前です。
週のはじめ、今年になって二度目の寒波が押し寄せ、高野山にも大量の雪をもたらしました。この雪が週末まで残ってくれれば、町石道のはじめから終わりまで、雪の全行程を写真に収められそうです。
しかし、思惑通りに事が運んでくれないのは世の常です。週の中程から晴天が続き、特に今日などはからっと晴れ上がって、登りはじめの九度山付近では雪のかけらも見あたりませんでした。季節が「大寒」だけに、それに相応しい情景を求めていたのですが、陽気がまるで初春のようで戸惑いました。
それどころか、登り道では汗が吹き出てきて、上に羽織ったジャンパーを脱いでリュックにしまうほどでした。おまけに、ファインダーに近づけた顔の火照りがカメラを暖め、レンズに結露が生じてしまって画像がぼやけてしまったのです。
レンズの露が取れるまで少々時間がかかります。じれったい気持ちを抑えて、意識的にゆっくり登ることにしました。
途中、脚立にのって柿の木を剪定している人に出会いました。今が剪定の時期らしく、どこの柿畑にも切り落とした枝が束にして置かれていました。ふと見ると道端のユキヤナギに銀色の新芽が芽吹いており、やっと露の取れたカメラで青空をバックに一枚写しておきました。
冬を現す情景を表現するために、意識的にすっかり葉を落とした木々を背景にした町石の写真を多く撮りました。百五十七町石近くの路上にはヒノキの珠がたくさん落ちており、踏んづけると弾力のある感触が足に伝わってきました。しばらく行くと日陰になった水たまりが凍っており、やっと冬を拾った感じになってローアングルでパチリ。
そうこうしながら百五十五町石にきたとき、興味を引く画材を見つけました。
コウヤホウキの枯れた花が綿毛のようになって枝に付いている様子が面白かったのです。大抵の花は時期が来ると落ちてしまうものですが、この花はドライフラワーとなってしっかり枝に着いており、タンポポの綿毛のような感じで散りばめられているのが目に留まりました。百五十五町石がその後ろに重ねて撮れる位置を探し、何枚か収めました。
百五十四町石近くにある溜め池も寒々とした冬の情景を伝えており、スタートの時に感じた違和感も徐々に薄れてきました。それにうれしいことに、雨引山への分岐点を通過したところで雪を発見。日陰にはまだ雪が残っていたのです。この調子ではかなり「大寒」に相応しい写真も撮れそうです。
予想に違わず、この辺りから雪の残る町石道となりました。カメラの調子が戻ったこともあり、私の方もすっかり気分が乗ってきました。
雪の量は思ったほどではないものの、その残り具合が面白く、キョロキョロ辺りを見回しながら進みました。倒れた木にこびりついた雪が直線になって伸びていたり、斜面の落ち葉の上に雪が波のようになって積もった様子など、次々とカメラに収まります。
前回も雪の景色は撮れたのですが、それは矢立から上だけのコースだったので、この辺りの雪景色には新鮮なものがありました。
雑木林の斜面にある百五十一町石などは、いつ見ても絵になります。春の新芽、夏の深緑、秋の紅葉、それに冬の雪の中に建つ姿を季節毎に違った姿を味わえる楽しさがあります。周りから杉や檜の植林が迫ってきているだけに、何時までもこの雑木林を残して欲しいという想いを強くしました。
新旧の二基が寄り添って建つ百四十九町石なども、何やらお互い語り合いながら立っているようで、この季節に見ると暖かく感じます。百四十七町石手前にある、古い時代を感じさせる地蔵様にも蜜柑が添えられており、ほほえましさが伝わってきました。
真夏でも下草が生えなくて殺風景で暗い百四十四町石も、この日ばかりは周りが白い色で囲まれており、明るく感じられました。雪はいろいろな物を隠し、明るく再生させる魔法のコートです。
道にゴロゴロ転がっている石ころも雪のパウダーをまぶされて、きれいな置物に変わっていました。
百三十七町石の階段が白くコーティングされて上に向かって伸びており、行く先に何か明るいものが待ち受けているような気分にさせられました。足下に注意しながら六本杉に辿り着きました。ここから矢立までは割と平坦な道が続きます。
道端の所々に太い木の幹が輪切りにされて転がっています。その幹に雪が被さった姿から、砂糖で巻かれたお菓子が連想され、無性に食べたくなりました。山を歩いていると、急に何かを食べたい衝動に駆られることがよくあります。いままでにも「あべかわ餅」や「お汁粉」が食べたくなり、高野山に辿り着くやお店に飛び込んで注文したこともありました。食いしん坊の私にはそんな楽しみも山登りを支えているのです。
六本杉までは、道の両端に雪が残っていたものの、道そのものには雪がありませんでしたが、ここから先には道にも雪が残っており、白いカーペットの上を歩く感じとなってきました。
それぞれが周りの景色に合わせたように白いガウンを羽織り、個性的に建つ町石卒塔婆が魅力的でした。
この季節に花を期待してはいなかったのですが、二ツ鳥居近くに来て、ふと上を見上げるとツバキが咲いており、雪の中に咲く艶やかさに思わず見とれました。
よく見てみると幾つも咲いており、大発見の高ぶりを感じながら空に向かってシャッターを切りました。しかし、光の向きが逆で赤い花がくすんで見え、充分その美しさを捉えきれません。
それより、真っ白な雪の上に落ちた真っ赤な花びらを撮る方がいいのでは、という考えが浮かび、足下を見回して、やっと一輪見付けました。うまい具合に花びらが上を向いており、貴重な物を扱うように大切にシャッターを押し込みました。うまく写っていたらいいのですが。
冬空にそびえ立つ二ツ鳥居を撮り、いつものように近くの展望台で休憩する予定だったのですが、座るところにまで雪が舞い込んでいるうえに、下の方から冷たい風が吹き上げてくるので休憩をとらず歩みを続けました。
百三十八町石、百三十七町石と進み、道端にあるシュロの葉に積もった雪と町石道を合わせ撮りしながら白蛇の岩へと向かいます。いつもと違った装いで木造の鳥居が立っていました。
その上に雪を被った木の幹がまさに白蛇に見え、「白い蛇を見ると幸せになる」という言い伝えが思い出され、今年はきっといいことがあると予感しました。
紀伊高原にある応其池の周辺も雪で囲われていましたし、神田集落の雪景色も素敵でした。白い雪に覆われた田畑、枯れ枝の向こうに点在する家々、バックにある山並みが一幅の絵を形づくっており、どこをファインダーに切り出しても訴えてくるものがありました。そこに人が生活しているという息づかいがそうさせるのでしょうか。
近くにある竹藪の緑がやけに新鮮に感じられました。白い色との組み合わせが一層その色を際だたせているようです。
凍った道も何かを語りかけているようで、思い切りカメラを道に近づけて撮ってみました。
町石をすべて写真に収めながら、紀伊高原が見え隠れする道を順調に笠木峠に向けて歩みました。しかし、じわじわと靴に雪が溶け込んできて、つま先に冷たさがおそってきました。前回も同じようなことを経験していながら、その対策を怠ったことを悔やみましたが今更どうしようもありません。靴の中で指先に力を入れながら歩くことにしました。
雪の中に犬の足跡らしきものが続いています。こんなところに犬がいるとは思われず、キツネか何かのものなのでしょうか、私には分かりません。その前を何か小さなものが走り去りました。リスです。かわいい動物は大歓迎です。立ち止まって写真に撮らせてくれたらいいのですが、そうはいきません。しっかり網膜の裏に焼き付けておきました。
小鳥なんかも撮れたらいいのですが、うまくとらえるためには、動物の習性を知ったうえで待ち受ける根気があることと、望遠の効いたカメラがあることなどの条件が求められるだけに、今の私には可能性の外にあります。
熊やイノシシにはこの時期出くわすことはないでしょう。
笠木峠を通過し、八十町石に近づいたとき、僅かに日が射してきて、斜面の向かい側が明るく照らし出されました。白い雪に日が当たった明るい木立をバックに八十町石が建っており、もうけ物をしたように感じてシャッターを切りました。
赤松林のポイントを抜けた辺りから、めっきり残り雪が少なくなっており、高野山に近づいているはずなのにと不思議に感じられました。六十六町石付近にもシュロがたくさん生えているのですが、ぜんぜん雪を被っていませんでした。少しはぐらかされた気もしましたが、そんなこともあるでしょう。
赤い帽子の「みまもり地蔵」が相変わらず愛くるしい笑顔を投げかけているのを確認して矢立に辿り着きました。二ツ鳥居の展望台で休憩しなかったので、「矢立砂とね地蔵」に続く階段下で休みました。
「砂とね地蔵」は弘法大師自らが、この地の平和と村人の健康を祈願して建てたお地蔵堂だそうです。欲を出さず真心でお願いすれば願いが叶えられます、と立て札に書かれていました。少し休憩した後、階段を上り「家内安全」を祈願しておきました。
その後、いつものように矢立茶屋で焼き餅を食べ、熱いお茶を飲むと急に顔が火照ってきて気分が解れてきました。
ここから後は先週も歩いており、気持ちの中では、ここから細川に降りて帰ろうと思ったのですが、足の方はかってに高野山に向かっており、気分を立て直して、もう一頑張りする事にしました。
二月になれば暦の上では「立春」を迎えます。雪景色の中では春を感じとれるものは何もありませんでしたが、日増しに日照時間も長くなり、明るさの度合いで春が近づいていることが伺えます。
今日の歩きの中で、雪の中に咲いた赤い椿が印象的でした。
笹田義美先生のプロフィール
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- 著者
- 笹田 義美
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