トップに
戻る

ウォーキング随筆紀行高野山町石道「小寒の頃・町石道は雪化粧」

小寒の頃 町石道は雪化粧

小寒の頃 町石道は雪化粧

小寒(一月五日頃)

陰気深く寒冷一段と厳しくなるので小寒という。俗にこの日を「寒の入り」といいます。
イメージ1

高野おろしが寒気を運び、身の引き締まるような冷風に包まれて年が改まり、暦の上では「小寒」を迎えました。

今年になって初めて高野山に向かう山登りに、どことなく新鮮で厳かな感じを抱きながら家を出ました。

すっかり葉を落とした柿の木が枝をあらわにして、空を台紙にした切り絵模様のように空間を切り裂いています。

今まで周りの彩りに控えめにしていた町石が、寒空の中にすっくと建っている姿が何とも頼もしく、また暖かく感じられました。まさに道行く人を励まし、見守ってくれているかのようです。

イメージ2

百二十四町石を過ぎ、「落ち葉の谷道」にさしかかったとき、靴底が今までとは違った感触を捉え、バリバリという乾いた音がして土が崩れました。確認してみると、イノシシが掘り起こした後に空気を含んだ土が凍りついて霜柱が立っており、それを踏み砕いたのでした。その音が小気味よく感じられ、今度は意識的に踏んづけてみました。バリバリ、ボリボリと崩れる感触がとても愉快です。

子どもの頃、土道で遊んだ懐かしい思い出が蘇り、童心に還って、この辺りをピョンピョン踏み固めながら歩きました。

新年を迎えたせいか、そびえ立つ二ツ鳥居が以前にもまして厳かに感じられました。

百三町石は進行方向右手の小高いところに建っており、下から見上げるとスマートな感じでこちらを見下ろしています。

この地点を通り過ぎたとき、どこからともなくチリンチリンという鈴の音が聞こえました。私以外には誰も人の気配が無かっただけに、空耳だろうと思ったのですが、しばらくして今度は背後からチリンチリンと小さく聞こえました。

いぶかしく思い、振り返ってその音のする方をよく見てみると、道端の枝に吊された鈴が風に揺れているのを発見しました。正直なところ少し気味悪く感じていただけに、ひとまずはホッとしました。その鈴には安全祈願の札が付けられています。誰かが杖から外して手頃な枝にかけたのでしょう。

はずして持って帰ろうかなと思ったのですが、このまま道行く人の安全を願ってかけておく方がよさそうだと思い直しました。

イメージ3

岩屏風を従えて建つ百八町石の向こうに二里石が見えます。この間が少し離れていて、夏などは茂った草木が邪魔をして見通しがきかないのですが、この時期、間にある障害物が枯れてしまい、同じ一枚の写真の中に捉えることが出来ました。

冬の陽は暮れるのが早く、今日は大門まではとても登れそうにありません。矢立から細川に降りて帰ることにしました。

日が落ちて薄暗くなった道に小雪がちらつき初め、めっきり寒く感じられました。この分では明日は雪が積もりそうです。

イメージ4

朝起きてみると、家の周りが雪で彩られ、高野山を仰ぎ見ると白く雪に覆われているのが分かります。私にとっては、待ちに待った雪でした。

というのも、雪を被った町石卒塔婆の写真を撮りたいと以前から狙っていたチャンスが到来したからです。

雪は景色や雰囲気を一変させます。きっと雪の積もった町石道は今までとは違った装いで私を迎えてくれるに違いありません。そう思うと、昨日矢立まで歩いた疲れが残っているにもかかわらず、気持ちの高ぶりを抑えることが出来ませんでした。

こんな時の為にと買っておいた簡単なアイゼンを持って家を飛び出しました。昨日の続きを歩くべく、細川から矢立、大門のコースを採ることにしました。昨日雪が降ったことと、朝が早かったこともあって不動谷川に沿った細川の道は凍てついており、滑りやすい状態に余計な神経を使いました。しかし、矢立に着いたときは体も温まり、町石道の雪景色を想像しながらアイゼンを設置。いよいよスタートです。

予想に違わず、雪の中に建つ町石には趣がありました。天輪、風輪の上に積もった雪がそれぞれの輪郭を白く強調しており、長い下輪が雪の地面からすっくと建った姿にはりりしさを感じました。その一方、丸い部分が雪だるまの顔のようにも見えて愛らしさを漂わせており、目を書き込みたいような衝動にかられました。

イメージ5

周りの景色もいつも見慣れた状況とは一変しており、一つひとつの石がまるで違った姿に感じられ、白い色が主体の新鮮な構成に心を打たれました。

背景に林立する杉の木々、足下に生えたササの茂み、冬になって枯れた草、間引かれて放置された木の幹や枝・・・・・、どれにも雪が積もって白色の世界を構成していました。

そんな中を通る町石道の白い曲線も素敵でした。

道端に生えたシュロの葉っぱに雪が積もり、緑の輪郭を残して大きく放射線状にのびた様子が目を引きます。また、小さな丸い葉っぱに積もった姿は、ちっちゃな手袋をはめたようで、いじらしさが漂っており、思わずカメラを向けていました。

雪が演出してくれる、今までとは違った町石道のドラマに引き込まれ、次に待ち受ける景色への期待を膨らませながら、新しいページを繰るような気持ちの高ぶりにせかされながら歩みを進めました。

イメージ6

時折、雲間から太陽が顔を覗かせ、樹間を通った陽の光が射し込むとき、白い色がいっそう鮮やかに浮き上がって美しい縞模様を見せてくれました。

他に通る人もなく、昨夜から降り積もった雪の町石道には誰かが踏んだ跡もなく、最初に足跡を付ける優越感に浸りました。

町石道の各卒塔婆が私だけに語りかけてくるようが気がして楽しく、雪景色の世界をはしゃぎ回りたい気分が湧いてきました。

めっきり雪が少なくなった最近では、冬でも白を基調とした景色を見ることが少なくなっていただけに、忘れていた感触が急に蘇ってきたようです。

しばらく雪を蹴り上げて雪煙が上がるのを楽しみながら歩きました。それが後になって靴に染み込み、靴下を濡らして冷たい思いをするとはつゆ知らず・・・・・。

しばらくして、足の裏がゴロゴロした感じとなり、歩きにくさを覚えました。不審に思ってよく見ると、足につけたアイゼンに落ち葉が突き刺さり、それが溜まってきて足の裏がボコボコしてきたのです。取り去ってもすぐ溜まってしまい、思わぬ苦戦を強いられました。落ちている枝を使い、アイゼンの針に突き刺さった落ち葉を取り除くという、いつもとは違った作業が加わりました。

イメージ7

「枯れ木残らず花が咲く」という歌詞の通り、枯れ木に降り積もった雪の模様はなかなか面白いものです。雪の降る方向に対面した枝の片側に雪がくっついて、くっきりと木の形を浮き上がらせており、普段気にもとめなかったものに急にスポットが当たったような存在感がありました。同じように、普段は斜面に建っている町石の周りの土も雪に覆われ、まだら模様になって町石を際だたせていました。下から仰ぎ見る角度が余計に風格を添えているようです。

そんな景色に見とれながら歩いていたとき、突然前から自転車が現れてビックリしました。以前にも何回か自転車やバイクに出くわしたことはありますが、まさかこんな雪の山道を走ってくるとは予想だにしておらず、意外な組み合わせに驚きながらも、しっかり写真に収めました。

自転車の通ってきた後にはタイヤの軌跡がくっきり線になって残っており、これから進むところにすべてこの跡が付いていると思うと、正直残念な気持ちがしました。

イメージ8

そんな調子で、時間も忘れて高野山展望台にたどり着きました。雪の中に立つ展望台は、遠目にはまるで金閣寺のように見えたのは私の欲目でしょうか。

いつもならそこで休憩をしたり、昼食を取ったり、着替えをしたりするのですが、今日ばかりは身体が冷えてしまうのがもったいなくて、立ったままパンを一つ食べたきりでそこを後にしました。

イメージ9

高野山道路沿いに立つ三十七町石から車道を見ると、車のシュプールが独特の曲線を描いており、町石道とは違った雪の景色に興味を引かれました。そこで、ちょっと怖い気がしたのですが、車の通る道沿いの三十八町石、三十九町石を写真に収めるために道路の脇を歩いてさかのぼりました。

車輪で描かれた雪の曲線と町石の組み合わせが面白い写真に仕上がったと思います。車がスリップしてこちらに突っ込んでくるようなスリルがあり、こんな事は今回限りにしようと心の中で決めたものです。

イメージ10

もとの町石道にもどり、歩みを続けました。ここからは道の両側や斜面、杉林の根元にササが茂っており、それに雪が積もってきれいな絵模様を描いています。線形の葉の一つひとつに雪が付着して寄り集まり、同じ方向の斜面を覆っている状況が何とも言えない情緒を醸し出していました。

また、杉の木に雪が積もり、相似形の白い三角形の連なりが見事でした。また、三十三町石付近から見える紀伊山系の雪景色もすばらしく、しばらく足を止めて眺めました。

上まで登ると、白い雪の中に朱色の大門がそびえ立っており、その対比が以前にもまして雄大にそして厳かに感じられ、新年の登り初めに相応しい気分に浸ることが出来ました。

今年も町石道で楽しい時を過ごせそうです。

四季の高野山町石道の動画を見る

笹田義美氏

笹田義美先生のプロフィール

  • 和歌山県に生まれる。
  • 和歌山大学教育学部卒業後、和歌山県立箕島高校、伊都高校、橋本高校の教諭に就く。
  • 和歌山県教育委員会学校教育課の指導主事に着任。
  • 和歌山県立橋本高校、紀北工業高校の教頭職に就く。
  • 「紀の川散歩道」を発刊
  • 和歌山県教育研修センター副所長に就く。
  • 伊都地方教育事務所長に就く。
  • 「四季の高野山町石道」を発刊。
  • 和歌山県立紀の川高校の校長に就く。
  • 和歌山県立紀の川高校の校長退職。
  • 現在に至る。

販売のご案内

世界遺産登録への道「四季の高野山町石道」
世界遺産登録への道「四季の高野山町石道」
著者
笹田 義美
定価
2,800円(税込)
お問い合わせ
TEL. 073-435-5651