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ウォーキング随筆紀行高野山町石道「霜降の頃・町石道に赤い実を探しながら」

霜降の頃 町石道に赤い実を探しながら

霜降の頃 町石道に赤い実を探しながら

霜降(十月二十三日頃)

北国や山間部では、霜が降りて朝には草木が白く化粧をする頃。野の花の数は減り始めるが、代わって山を紅葉が飾る季節となります。
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十月も下旬になると、暦のうえでは霜降を迎えます。日本のあちらこちらで初冠雪の便りも聞かれます。

川べりや里山にはススキが細い穂に陽の光を反射させながら風に揺らいでいます。百七十三町石の足下にあるススキも秋晴れの澄み渡った空気の中で町石をくるむように経ており、まるでお月見の団子をしなえたような感がありました。

まだ霜が降りるには到っていませんが、雑穀を終えた田圃には、切り株だけが残って霜を待ち受けているかのようです。

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先週、笠木峠で咲いていたミゾソバ(溝蕎麦)の花。一週間遅れの今日、百六十九町石付近に群れて咲いていました。

写真を撮っているとき、側をすれ違った四人連れのハイカーの女性が話しかけてきました。

「この花は何て言うの?」

「ミゾソバって言います」

「ミゾソバ?」

「ええ。水辺に咲くソバに似た花っていう意味です」

「そう、かわいいね」

道行く人は、季節の花に敏感です。歩いて初めて野の花に触れ、季節を感じるのは誰しも同じ事のようです。

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九度山の柿畑では今、収穫の時期を迎えています。摘み取られた柿がコンテナにびっしり詰められ、作業用の車に積み込まれていました。

百五十八町石のある柿畑は、摘果や摘蕾の手入れがされていないらしく、成り放題の柿の実が枝一杯に色づき、畑一面を秋色に染め上げていました。

写真好きの私にとっては、この方が季節感にあふれており、歓迎です。町石が飽和状態の柿の実の中に埋もれるように建っており、どこか満足そうに感じられたのは私の気のせいでしょうか。ここに雪でも被ってくれておれば申し分ないのですが、望みすぎでしょう。

今年だけの光景かもしれないので、堪能するほど写しておきました。

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果樹のみならず、実りの秋にふさわしく、いろんな木や草に実が成っています。

ひときわ赤い実をつけているのがガマズミの実です。丸く赤い実が固まって咲いているのを見ると、イクラの好きな私にとってはいかにもおいしそうに感じられます。実際、霜が降りる頃になると、白い粉をふいて甘くなり、食べられるそうです。

百五十七町石付近に弘法大師が山崎の里に向けて萱の実を蒔いたという「萱撒き石」があるというので、確かめたくて町石道を左へそれる道をとりました。 少し行くと、それらしき大きな岩がありましたが、何の表示もなく、それが萱撒き石であるかどうかは判かりませんでした。

ここからは、山崎の里と紀の川の清流が眼下に見下ろせ、その向こうには和泉山脈の山並みも広がって見えます。

柿色をバックに町石を上から覗き込むような角度で撮ろうと思ってカメラを構えたとき、その中にガマズミの赤い実が散りばめられて見え、得をした気分でシャッターを切りました。まるで、ご飯の上にイクラを乗せたような、おいしい構図となりました。

そして、今日の歩きのテーマを「赤い実をさがす」ことに決めました。

そうは決めたものの、なかなか赤い実が見つかりません。

百三十九町石に来て、娘とその父親らしい二人ずれを見かけました。この夏、私と娘で歩いた時のことを思い出しながら、後ろからそっとシャッターを切りました。二人は何を話しながら登ったのでしょうか。

夫婦、親子、友達・・・・・・など、いろいろに歩くパートナーは違っても、歩きながら交わす会話をとおして、お互いの絆が強く結ばれる事でしょう。

町石道は「語りの道」でもあるのです。

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「白蛇の岩」の手前の杉木立の中に百十六町石があります。

下草も生えない、杉の植林の中にあり、いつもは殺風景な情景に、足を早めて通り過ぎようとしたとき、何か赤いものを察知しました。

よく見ると、テントウ虫が羽を広げたような感じの赤い実が、一本の低木に下を向いて幾つもなっていました。

思いがけないところで見つけただけに拾いものをした感じです。何という木の実か分かりません。

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赤い実といえば、フユイチゴがそろそろ実を付ける頃かなと思って、視線を道端に流していたところに、小さな苗木にポツンと赤い実を付けているのを発見しました。

枯れ草の中で、緑の葉っぱに隠れるようにして、小さなヤブコウジの赤い実が顔を出しており、とても愛らしく感じられました。

ショートケーキを飾る赤い実が想像され、おいしそうにも思えました。総じて赤い実はどれもがおいしそうな感じで実っていています。

しかし、例外が一つありました。マムシソウの実です。

茎の先端に固まった実はいかにも毒々しく、グロテスクです。花や葉は、見ようによっては、羽根の生えた生き物のように感じられて愛嬌があるのですが、この実だけはどこから見てもなじめません。みなさんはいかがですか。

矢立を過ぎ、五十八町石にいたる手前でも赤い実が私を待っていました。ナンテンの実です。

細川の里では畑一面にナンテンを栽培しており、今頃はさぞかし一斉に赤い実を付けた景色が広がっていることでしょう。

この辺には、高野槙やシキミの木も生えており、仏様にゆかりの木を目にすることで高野山が近づいていることが実感されます。

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いつものように高野山展望台で休憩し、更に歩みを進めました。

高野道路沿いを右に折れ、ススキが生い茂るカーブの地点を少し行くと、つい最近までササに隠されていた三十六町石が見えます。その少し先に四里石があります。町石も里石も同じ五輪の形をしており、一目では区別が付きません。

一里は三十六町ですので、町石道には里石は四基あります。具体的には三十六町石と四里石、七十二町石と三里石、百八町石と二里石、そして百四十四町石と一里石です。

もうお築きでしょうが、町石は高野山に近づくほど数が小さくなっていくのですが、里石の方は大きくなっていきます。どうしてなのでしょうか。

二つ並んでいるからといって、それがいつも里石と町石であるとは限りません。

四十四町石や百四十九町石のように、原石と再建石が並んで建っていることもあり、私も最初の頃は分かりませんでした。他にも原石と再建石が並んで建っているのは幾つかありますが、上の部分が大きく破壊され、下輪の部分だけ残された原石が再建石の側に建てられています。長い年月の間に土砂崩れなどの災害に巻き込まれ、上部が壊れて紛失したものと思われます。

歴史の語るところでは、自然の災害だけではなく、高野山道路の開通工事の折り、人為的に壊され、捨てられたケースもあったそうです。

それが、多くの人々の努力により、今の形が整ったことは嬉しいことです。

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しばらく行って、クサギの木に実が成っているのを見つけました。

星形をした明るいえんじ色のガクのうえに一つずつ黒紫色の実が付いています。実とガクの色の取り合わせと形の愛らしさが好まれるようですが、私には、正月の羽子板の羽根が連想されます。

ワラの灰汁でこの実を煮だした液に布を浸すと、浅黄色に染まるんだそうです。

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赤い実を探しながらここまで来ましたが、私がとりわけ好きなのはヒヨドリジョウゴの実です。反り返ったように咲く小さな花も好きですが、まん丸で透き通るような赤い実の連なりは絵になります。

その実をヒヨドリが好んでついばむことで、このような名が付いたと聞いています。いつもにぎやかなヒヨドリがいっそうにぎやかになるというから愉快ですね。猫にとってマタタビの実、人間にとってアルコールのような働きがあるのでしょうか。私はまだ、その現場を目撃したことがありません。

いかにもおいしそうに見えるのですが、人にとっては有毒なんだそうです。

ヒヨドリジョウゴの実を見つけるたびに、いろんなバリエーションで写真に収めました。

赤い実を探して町石道を歩くことで二十四キロの山道が短く感じられました。案外たくさんあるものですね。いずれも見つけたときの嬉しさは予想以上のものでした。

本当に実のある一日でした。

四季の高野山町石道の動画を見る

笹田義美氏

笹田義美先生のプロフィール

  • 和歌山県に生まれる。
  • 和歌山大学教育学部卒業後、和歌山県立箕島高校、伊都高校、橋本高校の教諭に就く。
  • 和歌山県教育委員会学校教育課の指導主事に着任。
  • 和歌山県立橋本高校、紀北工業高校の教頭職に就く。
  • 「紀の川散歩道」を発刊
  • 和歌山県教育研修センター副所長に就く。
  • 伊都地方教育事務所長に就く。
  • 「四季の高野山町石道」を発刊。
  • 和歌山県立紀の川高校の校長に就く。
  • 和歌山県立紀の川高校の校長退職。
  • 現在に至る。

販売のご案内

世界遺産登録への道「四季の高野山町石道」
世界遺産登録への道「四季の高野山町石道」
著者
笹田 義美
定価
2,800円(税込)
お問い合わせ
TEL. 073-435-5651