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第五話・大杉権現社~奥の院 魔王殿
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大杉権現社(おおすぎごんげんしゃ)を後にして、奥の院魔王殿に向かいます。
牛若丸背くらべ石の前に立つ道しるべ、右、奥の院です。ここからは、極端に急な下り道となります。土道の坂が石でしっかりと組まれていて、膝には、きびしいですが歩きやすい道です。義経公も歩んだ鞍馬山の木々の間の歴史の刻まれた道を800年後の今、私が歩んでいます。「800年、800年、近いといえば近いし、そんなに遠い昔ではないんだ~」義経公を身近に感じました。
この下りの石段を降りきると僧正ケ谷です。この谷は謡曲「鞍馬天狗」の舞台で、見知らぬ山伏が、花見に来て一人取り残された牛若丸の素性を知り、憐れんで、いろんな花の名所を案内した後「実は自分は大天狗である。平家討伐の望みを達せられるよう兵法を授けると約束する」くだりの、場所です。
しばらく下ってゆくと、僧正ケ谷不動堂が見えてきました。この不動堂は、その昔、伝教大師(でんきょうだいし)が、天台宗開宗(てんだいしゅうかいしゅう)の悲願に燃え、一刀三礼の札を尽くして刻んだと伝えられている不動明王がまつられています。このお堂で、みなさん一休みです。
その前に義経堂があります。奥州衣川の戦いで、命を散らした義経公の魂は、幼少時代を過ごした、鞍馬山にもどったと信じられ「遮那王尊(しゃなおうそん)」として祀られています。奥州衣川の戦いでは、かの弁慶が主君義経を守るために仁王立ちのまま最後をとげ、後に義経も非業の死をとげます。二人の辞世の句が残っています。
義経の句 のちの世も またのちの世も めぐりあはむ 染(そ)む紫の雲の上まで 染(そ)む紫の雲の上とは、弥陀の浄土のことです。
弁慶の辞世の句 六道の道の ちまたに君待ちて 弥陀の浄土へすぐに参らん 義経弁慶主従の絆の強さに心がふるえます。
しばらく歩いていくと、木の根がはいでてきます。石段を登りきったところから美しい木の根道です。義経を支える弁慶のような道です。じつくりと見ていただきましょう。すこしゆるやかな土道の下り坂になってきました。西の門からのウォーカーに出会いますが、私たちが歩いてきた道とは違い、かなりハードな登りみちが続きます。足に自信が無い方はケーブルを使うなど、ウォーカーステーションTVの紹介した道が歩きやすい道順です。
木々の間から奥の院魔王殿が見えてきました。かなりの沢山のウォーカーがくつろいでいます。奥の院魔王殿は磐座(いわくら)・磐境(いわさか)とも言われ、神々が降臨された場所として多くの修行者を鞍馬山に導き、宇宙の真理に目覚めさせたといわれています。護法魔法尊がまつられており、柵内は、日本庭園の源流といわれる磐座(いわくら)です。お経をとなえたり、瞑想されている方も多いところです。
次回は、鞍馬山西門をへて、貴船の町並みから貴船神社までの道を紹介します。